2026年9月16日水曜日

Appleは「発明する会社」ではなく「整理する会社」である

Appleと聞くと、多くの人は「革新的な発明をする会社」というイメージを持つかもしれない。しかし製品の歴史を丁寧に追っていくと、実際にAppleがゼロから生み出したものは驚くほど少ないことに気づく。Appleが本当に得意としてきたのは、既にある技術を「整理」し、「使いやすく編集し直す」ことだったのではないか。

## マウス:発明ではなく再編集

コンピューターのマウスは、Appleの発明ではない。1960年代にゼロックスのパロアルト研究所(PARC)が開発した技術だ。しかし当時のマウスは複数のボタンを持ち、操作も複雑だった。Appleはそれをシンプルな1ボタン構造に整理し、一般家庭でも直感的に使えるレベルまで単純化した。発明したのはゼロックス、使い方を整えたのはApple、という構図である。

## iPod:既存技術の再構成

MP3プレーヤーもiPod以前から市場に存在していた。しかし多くの製品は操作が煩雑で、曲の管理も面倒だった。Appleは「1000曲をポケットに」という一言に集約できるほどシンプルな体験にまとめ、クリックホイールという直感的な操作方法で情報を整理した。技術自体の目新しさよりも、体験の整頓によってヒット商品になった好例だ。

## iPhone:部品の組み合わせを整理する

タッチパネル式の携帯電話も、PDA(携帯情報端末)も、iPhone以前から存在していた技術だった。Appleが行ったのは、物理キーボードを取り除き、画面とアプリという最小限の要素に情報を集約したことだ。数多くの機能を無理に詰め込むのではなく、「画面の中にすべてを整理する」という発想への転換が、その後のスマートフォンの標準形を決定づけた。

## タッチジェスチャー:買収した技術を絞り込む

iPhoneを語る上で欠かせないマルチタッチジェスチャーも、Appleがゼロから生み出したものではない。2005年、Appleはマルチタッチ技術を専門とする企業フィンガーワークスを買収した。創業者のウェイン・ウェスターマンは元々、腱鞘炎対策として指の動きだけで操作できるキーボードを開発しており、その特許には非常に多くの、複雑なジェスチャーコマンドが含まれていた。

Appleが行ったのは、この技術をそのまま製品化することではなく、「ピンチで拡大縮小」「スワイプでスクロール」「タップで選択」といった、誰にでも直感的に理解できるごく少数の操作に絞り込むことだった。技術としての可能性を広げるのではなく、あえて狭めることで、指一本でも迷わず操作できる体験を作り上げたのである。技術は買収によって獲得し、使い方は自分たちで整理し直す。この構図は、マウスの事例と驚くほど重なる。

## 設定画面や決済も同じ思想

ソフトウェア面でも同じ傾向が見られる。設定アプリは多機能なOSの項目を階層的に整理し、迷わずたどり着ける構造にしている。Apple Payも非接触決済という既存技術を、指紋認証や顔認証と組み合わせて「かざすだけ」の体験にまで単純化した例だ。

## iPhone Duoにも同じ構図が当てはまるか

2026年9月、Appleは初の折りたたみ端末「iPhone Duo」を発表した。ここでも同じ視点が当てはまりそうだ。折りたたみスマートフォンというカテゴリ自体は、Appleの発明ではない。サムスンのGalaxy Foldシリーズやファーウェイ、モトローラなどが何年も前から市場に投入しており、Appleはむしろ後発組にあたる。

発表直後の比較記事を見ると、興味深い違いが指摘されている。サムスンのGalaxy Z Fold8は、画面を半分ほど開いた状態で固定しにくく、専用の「フレックスモード」もその姿勢に十分対応しきれていないという。一方でiPhone Duoは、開き具合に応じてコンテンツの表示がなめらかに追従するようUIが設計されているとされる。また、折りたたみ構造ではFace ID用のセンサー配置が難しいという制約に対して、サイドボタン内蔵のTouch IDを採用するという、シンプルで割り切った解決策を選んでいる点も特徴的だ。

つまりここでも、「折りたたみという構造」を発明したのは他社であり、Appleが取り組んだのは、その構造を開いたときの体験をどう整理するかという部分だったと言えそうだ。ただし発売はまだ先で、実機レビューが出揃うのはこれからのため、この評価はあくまで発表直後の第一印象に基づく仮説として捉えておきたい。

## まとめ

Appleの強みを「発明力」という言葉だけで語ると、本質を見誤る。むしろ「既にある技術やアイデアを、使う人の視点から整理し直す力」にこそ、Appleらしさがあるのではないだろうか。ゼロから何かを生み出す会社と、生まれたものを整えて届ける会社。この対比で見ると、Appleという企業の一貫した姿勢が見えてくる。

2019年8月2日金曜日

1 / 3 = 0.33....

1 / 3 = 0.33....
と書いたときに 0.33... は  1 / 3 よりも小さいけれど等しいとみなせる数値だと解釈する人がいる
それが正しいとすると 0.66... は 2 /3 より小さいけれど等しいとみなせる数値になる
であるならば 1 - 0.66... は 1 / 3 よりも大きいけれど等しいとみなせる数値になる
ところが 1 - 0.66... = 0.33... になるので矛盾する
であるから 1 / 3 と 0.33... は同じ値である
つまり
1 / 3 * 3 = 0.33... * 3
1 = 0.99...
であるから 1 と 0.99... は同じ値である

ちなみに
1 - 0.66... = 0.33...
かつ
0.99... - 0.66 = 0.33...
なので 1 と 0.99... やはり同値である



で合ってるかな?

2017年9月1日金曜日

MAVIC PRO PLATINUMのプロペラ...

新しいMAVIC PRO PLATINUMのプロペラの見た目から想像すること
現行のプロペラだと翼で発生した渦巻きが翼端から後ろに流れて2枚目の翼が渦巻きを切り裂いて騒音の発生源になると同時に翼端の揚力を低下させていた
新型では翼端にパーツを追加して渦巻きを外側にずらすことで翼端まで揚力がきちんと発生するようにした
それとともにパーツを三角形にして渦巻きが急激に壊れるのを防いで騒音の発生を減らしているのではないかな?
※商品リンクは現行のMAVIC PRO

2017年8月15日火曜日

4K→HDがHD→HDより高画質になる話

普段観賞用に目にするmpegやjpegはRGBで記録されていない
RGB3チャンネルではなくて輝度1チャンネルとカラー2チャンネルで記録されている
映像の解像度は輝度チャンネルでほぼ決まる
ここでHD動画はざっくり200万画素
HDカメラの画素数もざっくり200万画素
HD動画は輝度200万画素とカラー50万画素×2の情報を持っている
HDカメラのセンサーはR50万画素G100万画素B50万画素を持っている
多くのカメラはG画素から輝度情報を生成するので100万画素から200万画素の輝度情報を作っていることになる
そして4Kカメラはざっくり800万画素
G画素だけで400万画素を持っている
これはHD動画に必要な画素数の2倍
HDカメラの4倍の画素数になるので4K動画からHD動画を作るとHDカメラの映像と比べると雑に2倍の情報量を持つことになる
この情報量の差が解像感の違いになる

2016年7月31日日曜日

2016年4月24日日曜日

マンガ スティーブズに勝手に注釈入れてみた

スティーブズは若かりし頃のスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックを描いた「ビッグコミックスペリオール」で連載中のマンガです
そのマンガに勝手に注釈入れてみました
作者と原作者が膨大な資料を精査しながら作成しているフィクションなので事実と異なるところもありますがそこにツッコミを入れるのが目的ではないのです
過去に読んだ雑誌や書籍の内容を記憶から引っ張り出して書いたので正確性は怪しいけど作品を楽しむ助けになればいいなと思います
ちなみに僕はMacファンでAppleIやAppleIIは詳しくないので注釈が2巻以降に集中しています

2巻35ページ

実際にMITSに行ったのはポールだけ
ブートローダーを作り忘れたことに気が付いたポールが移動中に慌てて作った

2巻37ページ

一般に言われるBASICの欠点は実はパーソナルコンピュータ用BASICの欠点で元になったBASICは早い段階でコンパイラが開発されて構造化もされていた

2巻143ページ

俗にレインボーアップルと呼ばれる昔のロゴ
初期の案では各色の間に色ズレを目立たなくするための黒いラインが入っていたらしいジョブズのこだわりでラインの無いデザインになった

2巻179ページ

僕が初めてMacを買った1989年にもApple IIは現役で主にアメリカの教育機関をターゲットに販売されていたらしい
Apple IIでコンピュータに触れた子供たちが大人になってもAppleを使ってくれるだろうという目論見だったと云われているが本当だろうか?
利益が出ている内は売り続けていただけだと思う

3巻181ページ

ウィザードリィはPASCALで開発された
作者はウィザードリィはPASCALが動かないハードには移植できないと言ってファミコンへの移植に難色をしめしていたらしい

3巻188ページ

マンガの通りビルゲイツはスピード違反の常習犯だったらしい
飛行機の出発何分前までオフィスに居られるかチャレンジしていた

4巻166ページ

アラン・ケイの登場のやり取りが怪傑ズバットw
Backspace FMのmazzoさんが仮面ライダーと間違えたのは主人公演じる俳優が仮面ライダーV3と同じ宮内洋だったためか?

4巻175ページ

Altoのグラフィック描画がソフトウェアで処理されていると勘違いしたビル・アトキンスはハードウェアよりも速いソフトウェアグラフィックルーチンQuick Drawを作ってしまった

4巻176ページ

スクロール動作の変更シーンはプログラムの振る舞いをリコンパイルなしに変更できることをデモンストレーションしたのかもしれない
OS Xでも同様のことが出来たが途中でセキュリティ強化のために禁止された
当時のジョブズはGUIに目を奪われてオブジェクト指向の重要性には気が付いてなかったと1995年のインタビューで語っている

4巻179ページ

ここはデスクトップメタファ誕生の伏線かな?

2015年7月18日土曜日

森恵 10th ANNIVERSARY ACOUSTIC LIVE TOUR 2015 ~輝かしい傷だらけの日々~

クアトロのライブからもう1週間経っちゃいましたね。
あれから他のアーティストの曲は一切聴かずに森恵のヘビーローテーション中です。

次に出る small world は期待大です。

写真は5月のフラワーフェステバルより

2015年6月7日日曜日

2015年5月6日水曜日

森恵 in フラワーフェステバル 2015

今年のフラワーフェステバルは三日とも森恵さんのステージがありました。
ただ僕が参加できたのは4,5日の二日のみ。
4日は撮影禁止だったけど5日のライブは撮影禁止のアナウンスがなかったので撮っちゃいました。

時間が取れたら写真追加します。

2015年5月2日土曜日

生きてます

忙しくてブログの更新ができていませんが
生きてます。


2014年7月15日火曜日

もう来てくれないかと思ってた

「もう来てくれないかと思ってた」
森恵さんにそんな風なことを言われたことがあります。

あれはいつ頃だったんだろう?

場所は広島のアリスガーデンのサイン会でした。
あまりに意外な言葉でそのときは「何でそんなこと言われたんだろう?」という疑問が頭の中をぐるぐる回ってました。
正直どうしてそんなことを言われたのか今でもわからないです。
もしかしたら環境が変わるにつれ(広島から東京だったりインディーズからメジャー)離れて行くファンもいたのかな。
そんな不安が言葉になって出てきたのかもしれない。
僕がファンをやめなかったことで森恵さんにちょっとばかりの勇気を与えることができたとしたら嬉しいよね。

こんなことを思い出すのも今回の「10年後この木の下で」がそういうアルバムだからです。

p.s.
そういえば自分のブログを見直していてちょっとした発見がありました。
このエントリーで僕が声をかけたファンの人が実は森恵さんのお父様だったのよね。
道理であちこちのライブで見かけると思ってました。
それ以来ライブ会場でお見かけしたときはお父様とお母様にはご挨拶させていただいてます。


2014年7月9日水曜日

森恵 ACOUSTIC TOUR 2014 ─10年後この木の下で─

ライブレポじゃありません。
単なる日記です。

7月6日は森恵さんのツアーファイナルの日でした。
翌日はメジャーデビュー4周年なので何かお祝いを持って行こうと買い物をしていたら開場時間に1分遅刻して入場列の最後尾になってしまった。

地元のライブでもあるし最新アルバムに広島で活動していた頃のことを書いた曲が収録されていることも有ってかMCでは広島時代の思い出話が多めだった気がします。

森恵:(路上)ライブをしてもお客さんが2、3人で・・・
自分:(ああ、その中の1人が僕だ〜)(心の声)
森恵:インディーズの頃から7年も8年も応援してくれている人がいてね〜私なら飽きるね
自分:(全然)飽きてないよ!(本当に合いの手入れました)

こんな感じで思い出話の登場人物を全部自分にして聞いてました。
だって彼女が21歳と1日のときから応援してるんだもん。

2回目のアンコールではギターのシールド抜いてマイクを使わず本当のアンプラグドで歌うのを聴いたら広島で活動していたときのことを思い出してウルウルしてしまった。

これは僕の秘蔵品でツーショットチェキにサインとメッセージを入れてもらったものです。
場所は金座街でサインの日付からすると初遭遇から1年と4ヶ月のころですね。
「工場の月」はこの頃この場所から帰るときに森恵さんが見た景色を歌ったものだと思われます。
なんだか自分が歌の世界の中にいるような気分になります。

さて4周年のお祝いはブールミッシュのゼリー「果実めぐり」でした。
4周年にもかかってないし東京でも買えるんだけど・・・
気持ちだから良いよね。
最初ケーキを思い浮かべたけどライブ後のスケジュール次第ではその日のうちに食べられないしね。

ところで彼女に今まであげたプレゼントを思い出してみた。
写真:撮るたびにあげてた
おもちゃ:ゼンマイで動く素朴なリスのおもちゃ。たしか誕生日プレゼント
アロマセット:「眠れぬ夜」の発売を祝って安眠に効くというラベンダーの香りを
サングラス:彼女がジョギングを始めた頃に石川遼君と同じメーカーのランニング用
写真パネル:ファーストアルバム発売のお祝い
パネルにした写真
ゼリー:今回。4周年のお祝い

2014年3月5日水曜日

森恵 TRAVELING ALONE ~風の吹く方へ~ LIVE Cafe Jive Hiroshima

昨日の夜に森恵ちゃんのライブに行ってきました。
今回は行けるかどうか分からなくて行けると分かったときにはチケットがSOLD OUTしていたのですが運良く当日券が手に入りました。

今回は弾き語りツアーですが森恵ちゃんのギターの演奏は聞き応えがあるのでこれから先の会場に意向かどうか迷っている人はぜひとも行くことを奨めます。

新しいアルバムの曲を中心に行われたライブですが出身地の広島のライブであることやアルバムのタイトル「10年後この木下で」にもかけてMCでは広島で活動していた時期の話が多く聞けました。
森恵ちゃんと初めて会った日や掲示板の告知を見て路上ライブに駆けつけたことなんかを思い出しながらMCを聞いてました。

「工場の月」前のMCでは広島の路上ライブを終えた深夜の帰り道に灯りの点いた工場を見ながら帰ったことを思い出した作ったらしい。
ということはこれから広島のひとは大洲から向洋にかけての町工場やマツダの本社あたりの風景を思い浮かべながらこの曲を聴くと良いかもしれない。
そうすれば恵ちゃんと同じ風景を見ている気になること受け合いです。

下の写真はMC で語っていた活動範囲を福山から広島に広げだした時期(2006〜2008年くらい?)に人通りが絶える時間を過ぎても歌っていたころの写真(写真は2007年3月30日)。

商店街の灯りは消えて少し離れたところにある松屋の看板の灯りを頼りに歌っていました。
暗すぎてカメラの露出計もオートフォーカスも動かない状態でなんとか撮った写真です。



2014年2月5日水曜日

森恵さんのおかげ?

さっき気がついたけど直近一週間のこのブログへのアクセスが日本国内よりもアメリカからの方が多い。
これは森恵さんが NAMM show に出た影響かなあ?



2013年9月16日月曜日

動画 笑顔でいられるように(森恵)

撮りためた中に「笑顔でいられるように」の映像がいくつか有ったので一気に公開してみた。










今まで動画の編集にはiMovieを利用していたのだけどAdobe Creative CloudでPremiere Proが使えるようになったのでそちらを使用しています。
映像はPremiere Pro CCを使用して明るさや色味を調整し音声はAudition CCでノイズリダクションをかけています。
使い始めたばかりなので弄り過ぎになっていないかが心配です。



2013年5月27日月曜日

Mac OSX Mountain Lionでこのアプリケーションで開くが重複したり、Dockアイコンが分裂したときの対処法 #OSX - Qiita [キータ]


リンク切れのときのため手順をコピーしておく

1. コンテキストメニューを再構築
on Mountain Lion:
$ /System/Library/Frameworks/CoreServices.framework//Versions/A/Frameworks/LaunchServices.framework/Versions/A/Support/lsregister -kill -r -domain local -domain user

2. Finder再起動
option(alt)キー押しっぱなしでFinderを右クリ
再度開くをクリックして実行

2013年5月4日土曜日

MORI MEGUMI SPRING ACOUSTIC TOUR ~brand new days~ 広島

5月2日にMORI MEGUMI SPRING ACOUSTIC TOUR ~brand new days~に行ってきました。

ちなみに以下の文章にライブの内容はあまり書かないのであしからず。

開場時間30分ほど前に19階の会場に行くとお客さんは僕以外に一人いるのみでした。
会場前では物販の準備をしていてサポートの中北さんが歩いてました。
10分経つと他のお客さんもやってきて顔なじみのファンの人と話していると物販が始まりました。
以前のライブで終了後に買おうとすると売り切れになって買い損ねたことがあったので「路上の鳥」とTシャツを買っておきました。
実際「Re:Make1」は開演前に売り切れたみたいです。

そうこうするうちに開場時間になり会場に入ってどこに座るか迷いつつ席を決めました(この会場は最前列がアーティストにものすごく近い反面音響がイマイチなので今回は3列目にした)。
すると森恵さんの家族が来られて僕の右に親戚の方(?)、お母さん、お父さんの順で座られました。
それで「地元のイベント来られてませんでしたねえ」なんてお話をしながら開演待ちしてました。
ツアーが始まる前にあった地元福山のイベントでのステージ
そうするうちに開演の時間になってライブが始まりました。
いつも通りの豊かな声量をバックボーンにしっとりとした曲からハードな曲まで見事に聴かせてくれるライブでした。
最近の森恵さんのボーカルには安定感があります。
今までだと高性能なレーシングカーがちょっと勢いよすぎてコースを飛び出してしまうような不安定なところがありました。
だけど最近の森恵さんのボーカルは以前よりも速いスピードで以前よりスムーズにコースを走り抜けて行くような安定感を感じました。


今回のライブで多分2回ピックを客席に向かって投げたと思うけど1回目は「こっちに飛んできた!」と思った瞬間に僕の頭をかすって2列後ろの席に飛んで行ってしまいました。

途中のMCで無茶ぶりのコーナーがあって血液型がB型のひとと5月が誕生日のひとにお題を出させて森恵さんがあるコトをするというコーナーがありました。
僕は両方の条件に当てはまっていたので「ダルマ」というお題を出しておきました。

アンコールの最後に歌った曲はまだ人の手が入ってなくて森恵素の歌い方だった気がします。
例えるなら一流の変化球を投げ分ける技巧派投手が実は豪速球の持ち主で自慢の速球を渾身の力で投げ込んだような歌い方でした。
ある意味森恵さんの魅力が一番出ている歌い方ではないだろうか。
ギターケースに座ってマイクなしで路上で歌っていた頃を思い出す一曲でした。

しかし森恵さんってライブ終わっても声が枯れないのね。
サイン会での会話もライブ前ですかっていうくらい普通の声してました。

サイン会で今月が誕生日だと言ったら書いてくれました